Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

《Vipassanāハンドブック》1-2(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

以下、野生の鹿を用いて「想顛倒」の説明をする。

ある農夫がいて、ある日、彼は大きな森の中にいた。

水田を耕して稲を植えた所、耕作者が田を離れた隙に、野生の鹿が来て、柔らかい稲の穂を食べた。

そのため、農夫は案山子を作って、それを田の中央に立てて、野生の鹿を驚かし、追い立てようとした。

彼は、縄で稲わらを縛って人の形にし、頭もあり、手もあり、足もあるように作った。

また、鍋の底に石灰を塗って白くして、人の顔を描いて、首の上に乗せた。

農夫は古い服を持ってきて、案山子に着せてやり、両手には弓矢を持たせた。

野生の鹿が、稲穂を食べるために、田に入ろうとした時、案山子を見て、本当の人間だと思って、慌てて逃げた。

この例においては、これらの野生の鹿は、以前に、人間を見たことがあり、彼らの記憶の中に、人のイメージが保持されている。

彼らの、当時の認識に基づいて、彼らは、案山子を、本当の人間だと、誤認したのである。

故に、彼らの認識・認知は、誤認・錯誤の認識・認知である、と言える。

「想顛倒」は、この野生の鹿のたとえ話の中に、明確に示されている。

このたとえ話は、非常に明確で、かつ容易に理解する事ができる。

(1-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《Vipassanāハンドブック》(原題 Vipassanā Dipanī)

Ledī sayādaw著 中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>