Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

《Vipassanāハンドブック》1-3(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

この種の「顛倒想(ママ)」は、道に迷った人間を例にとる事もできる。

道に迷った人間は、基本的な方位が分からないーー東と西、己がどこにいるのかが分からない。

日の出と日没は、目を見開いていさえすれば、誰でも見ることができるのだが、ひとたび、厳重な錯誤が生じると、この種の錯誤を訂正する事は、非常に困難になる。

我々は常に、色々な事柄に対して、誤解ーー事実と相反する誤解ーーを、積み重ねて生きている。

たとえば:

無常を常と思う、無我を「我」と思う、など。

「顛倒想(ママ)」の為に、我々は、物事を誤って認識するのは、ちょうど野生の鹿が、たとえ彼らが大きな目を見開いていたとしても、案山子を、人と間違えるのと、同じことである。

次に、魔術師による「心顛倒」を説明する。

ある種の偽の芸術を魔術(=マジック)と言うが、魔術を利用して、人々の目の前に積んである土塊を、彼らには、金塊に見えたり、銀塊に見えたりするようにする(+事が出来る)。

魔術のレベルが非常に高い時、人々の視覚を混乱させて、視力を異常なものに変えてしまうことができるのである。

魔術は、一時的に、心を顛倒させる。

人々が己自身をコントロール(制御)できる時、土塊は土塊に見えるのだが;

しかし、彼らが魔術の影響の下に入ると、彼らは土塊を金・銀塊だと見做してしまう。

彼らは金銀の特徴:

明るく光り、黄色くて、または白いなど等を・・・(+土塊を、その様に見做してしまうのだ)。

彼らが信じる所のもの、観察した所のもの、及び見解は、こうして間違ったものになってしまうのである。

(1-4につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<《Vipassanāハンドブック》(原題 Vipassanā Dipanī)

Ledī sayādaw著 中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>