Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

《Vipassanāハンドブック》21-8(F)(65/80)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(1)煩悩生苦

煩悩生苦の内、貪は非常に恐ろしく、強烈である。

貪は、随時に生じる。

それは、それが「喜ばしい」と思える外境を見つけさえすれば、火薬に火をつけるが如くに爆発し、その威力は、非常に強大である。

貪が生起する時、どのような方法でもって制圧しようとしても、それは、刹那において、大いに増長する。

故に、貪は真正なる「苦」である。

その為に、すべての聖者は、それに対して甚だ畏怖する。

貪愛と瞋、痴の心所と関連のあるものは、倫理学的には、1500個を数える。

まさに、有毒の蛇が、小高い丘にいるとして、この丘には、人々が怖れて近づかないのと同じである;

故に、人、天人と梵天の生存状態は、聖者の畏怖する所である。

解脱した聖者の誰一人として、以下のような観念をもつ人はいない:

「私自身」「私の身体」などと。

そして、それらと共に住みたいとも思わない。

聖者から見れば、人、天人と梵天は、上に述べた煩悩の生まれる場所であるが故に。

「煩悩生苦」は、真正に、人に怖れられる所の「苦」なる処である。

(21-9につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《Vipassanāハンドブック》 (原題 Vipassanā Dipanī)

Ledī sayādaw著 中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>