Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」5-23(135/230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

19、

問:金銀(お金)を受け取ることから離れる学処について説明して下さい。

答:

いわゆる「金(jātarūpa)銀(rajata)」は、金と銀のことで、かつ、それは貨幣、銅銭、木銭、膠銭など、通用する貨幣すべてを含み、これらは金銀に属する。ある種の長老は、小切手、トラベラーズチェック、クレジットカードも、受け取ってはならないし、持ってはならないと言う。

いわゆる「受け取る(paṭiggahaṇa)」とは、手で受け取って、その結果犯戒になる、ということではない。

復註では、身、口、意の方式を通す、と解説している。

身の方式とは、手などで受け取る、掴む、手で示して、他人に受け取らせるなど:

語(口)の方式とは、口頭で受け取る、他人に受け取らせる、掴ませる:意の方式とは、身体と口による拒否をせず、その結果、受け取ったもの、傍らに置かれたものをいう。

もし、誰かが彼に金銭を渡そうとして、彼が身体または言葉で拒否を現さなかったとしても、彼が清浄心でもって、「これは私が受け取ってはならないものだ」と決意するならば、この場合は、同意の下に受け取ったとは言わない。

こうしたことから、戒を受持する者は、己自身によって取ったり、受け入れたり、他人に取らせたり、受け取らせたりしてはならないし、また、傍らに置いておくように同意してもならない。

 復註は更に指摘する:上に述べた通り、この10学処の受持は、在家と出家において同様(共通)しているものである。

《闡明勝義》では、「一切(の前八学処)は(近事男)とサーマネラに共通するものである。最後の(第10学処)はサーマナネラにのみ属する」とある。しかし《清浄道論》では、「五学処は、近事男と近事女の常戒であるが、もし、能力があれば、10(学処)まで増すのがよい」と言う。

この条戒には、三種類の構成要素がある:

金・銀等の状況、己自身の為に、その中の一つを取る、持つ」

以下の状況は不犯:

1、寺院または居住場所で、他人の遺失物を拾い、中身を点検した後、持ち主に返すという気持ちでもって、暫定的に保管する時。

2、精神病者。3、乱心者。

(5-24につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>