Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~お盆

8月15、16日は、お盆でした。近隣の知人、友人はみなさんとても忙しそうでした。

私の想い出では、神戸在住の華僑のお盆は、関帝廟にお参りに行くことでしょうか。

夜、野外映画があるというので興味津々、それに釣られて親に付いて廟にいくと、廟の壁に<地獄に落ちて苦しんでいる人々>の絵が、100枚くらい、おどろおどろしく蝋燭に灯されて・・・あまり上手な絵ではなくて、子供心に誰が描いたのかが気になって、気になって(苦笑)。

関帝廟って関羽を祭っているので道教系で、でも、仏教でもあって、神仏習合なのでしょうか?

我が家で「観音様の誕生日」と言って、一年に一度、ご馳走を作って観音様に供養する日があったのですが、これも「観音様の誕生日ってどうやって決めたのか?(そもそも観音様って実在するの?)」と不思議に思ったものでした。

テーラワーダでは、日本で言う<お盆>という概念はないようです。

<お盆(=盂蘭盆)>のもとになったパーリ語の<ウッタラバンナー>という言葉は、雨安居の最後の日に、安居を共に過ごした者同士、「安居お疲れ様」とお互いにねぎらい合い、「これから又遊行に出ましょう」「お元気で」と、遊行への出発を励まし合う行事の事だ、とタイで聞いたことがあります。

その上に、安居の最後の日の托鉢に、在家の方々から御馳走を貰えるという風習、安居の最後の日に、モッガラーナが、自分の母親が地獄にいるのが見えたという報告を仏陀にした、というこれらの事柄が混じり合って、地獄の釜が開く、先祖の霊を迎えるという<お盆>の習慣が、中国で発展したようです。

お盆、私自身は何もしませんが、休暇を取って子や孫たちが集まるというのはよい事ですね。

★私のライフワークでありました仏教書の翻訳は2018年8月10日をもって終了致しました。「智慧の光」「如実知見」「菩提資糧」「禅修問答」(パオ・セヤドーシリーズ)

「37道品ハンドブック」「Vipassanaハンドブック」(Ledī sayādaw シリーズ)

「掌中の葉」「24縁発趣論」「基礎発趣論」「メーチ・ケーウの物語」

「阿羅漢向・阿羅漢果」などなど(約20冊)を講読ご希望の方は、ブログの中から見つけてご閲覧下さい。一部は<菩提樹文庫>にも掲載されています。

    <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>