Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~無学から無学へ

8月15日、行方不明になっていた理稀君を発見して、山の中から助け出したスーパーボランティアの尾畠さん。

彼は中学を4か月しか行っておらず、今後の夢は、夜間中学に通う事、だそうです。

私の祖母は、植民地時代の台湾から神戸に移住して来た移民で、学校には行ったことがなく、文盲でした。

しかし、彼女は非常に理知的で、息子(私の父)が感情に任せて他人の悪口を言うのを、常に諌めていましたし、人としてどうあるべきか、倫理や道徳の話をよくしてくれました。

2,3年前に台湾のパオ系寺院で出会った女性も文盲でしたが、禅定第一のスーパーレディでした。

彼女の娘さんは出家の比丘尼で、スリランカでパオ・メソッドの修行に励んでいる、香光尼集団の精鋭。

その娘に教えて貰いながらパオ・メソッドに取り組んだ所、このお母さんは、娘より先に四禅が出来るようになって、縁起法などスイスイ・・・(修行のやり方は、母親の進捗度に合わせて、娘さんがスリランカから台湾にいる母親に電話で教えているそうです)。

己の過去世が観れるようになったら、今彼女が文盲である事も、禅定が得意なのも、すべて過去に蓄積した業と関係がある事が分かり、故に、人生は自己責任であると納得したと、このお母さんは私に話してくれました。

文盲や無学であっても、それを人のせいにしないで、己の出来る範囲の最善を尽くす。

もし仏法に出会えたなら、己の業を昇華させて、輪廻の輪から出て行く方法を学ぶことができる。

その頂点は阿羅漢で、阿羅漢の別名は<無学>(修行・止・観によって五蘊の存在原理、宇宙の構造原理を知ったので、これ以上学ぶことがない者、という意)。

無学から無学へ。

仏法の修行に学歴はいらない・・・明晰で誠実な心、道と非道を見抜くセンス、法の為に苦労を厭わない精神、それからほんの少しのユーモアがあれば良い

 

   <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>