Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

『禅修指南』紹介(6-4)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(P 195)

四名蘊(4Nāma khandhā)

(概要抄)

果報4名蘊(vipāka 4 nāma khandhā)の過去因は無明、愛、取、行と業である。果報4名蘊は非心路過程心の有分心、結生心、死亡心に属し、また、心路過程心の五識、受領、推度、彼所縁に属する。

(一)一性理(Ekattanaya)

(概要抄)

禅修行者は、12縁起を識別している時、四理を明確にできるほどの識別能力を必要とする。その四とはすなわち、一性理(ekattanaya)、異性理(nānattanaya) 、不作為理(abyāpāranaya)、如法性理(evaṁ dhammatānaya)である。

三または四

(概要抄)

ある種の禅修行者は、(過去世)を見ている時、3または4の、当に善業を造(ナ)している人を、善業の目標の中に出現するのを見る事がある。

断見と常見

(概要抄)

「生命は、揺り籠から棺桶の間にしかなく、死後生命が再生する事はない」というのは断見。

名色相続流は、唯一単一の生命であると思うのは常見。

(二)異性理(Nānattanaya)

(概要抄)

禅修行者は智でもって究極界の相、作用、現起(現象)と近因を知見しなければならない。禅修行者が、己自ら、因果の関係によって新しい究極界が生起するのを見るならば、彼は異性理を知ったのだと言えるし、常見を断じることもできる。

(三)不作為理(Abyāpāranaya)

(概要抄)

禅修行者が、己自ら不作為理を徹底的に知見するならば、我見を断じ除くことができる:諸因は諸果の生起に関わらない。

自性定法

(概要抄)

人がもし、因が果を引き起すことができるという自性定法を受け入れる事ができないのであれば、業力と果報を排斥する所の無作見が生起する。

(四)如法性理(Evaṁ Dhammatānaya)

(概要抄)

もし観法を間違えたならば、果は固定的な因から生起するのだという事を受け入れる事ができず、また、因は固定的な果を引き起すという事を受け入れる事ができない。故に無因見と定論(niyata vāda)を持つようになる。

定論(Niyata Vāda)

(概要抄)

有情の善報と悪報は、すでに早くから決定されているという考え。業力果報を否定する邪見の一種。

要点

(概要抄)

以下の四種類の目標(所縁)は同じものである:

1、前一世の臨終速行心の目標。

2、今世の結生心の目標。

3、今世の有分心の目標。

4、今世で生起するであろう死亡心の目標。

(6-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

★誤字脱字を発見された方は、「コメント欄」までご一報下さい。

<Ven. U Puññānanda『禅修指南』見出し紹介  文責 Pañña-adhika Sayalay>