Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

般若の独り言~言霊

先日、水中運動での、雑談の時。

ある女性が言いました:

「日本って、男尊女卑よね。私は色々悔しい思いをしたから、今度生まれて来る時は、手足がなくてもいいから、

男性がいい」

ちなみに、この方は仏教徒ではなく、輪廻を認めておりませんが、まぁ、女性差別について、それくらい悔しい思いをした、という事だと思います。

私「(輪廻する、しないの水掛け論は横に置くとして)手足がなくてもいいから・・・という請願はよくないですよ。言葉には力があります。貴女が口にした言葉は、縁が熟すと、実現するのです。言霊っていうでしょ?」

「『生まれ変わるならハンサムで、聡明で、女性に寄り添える男性になりたい』と誓うといいですよ」(エネルギー不滅の法則で、死んでも輪廻する事、有情は、業に従って、姿・形を変えて生きて行かねばならないのだけれど、それは今は言わない)。

タイで、浮気をした夫の愛人を恨んで

「あいつなんか交通事故に遭って、手足がもげてしまえばいいのに!」

と口癖のように言っていた女性が、自分が事故に遭って、手足を失った人がいます。

私は神通がないので、この出来事の因果関係を明確に知る事は出来ませんが、<人を呪わば穴二つ>と言いますから、やはり口業は正しく、正語で行きたいものです。

深層心理学でいえば、「手足がもげればいいのに」と口癖にように言っていると、それが潜在意識に刷り込まれて、あるシュチエーションにおいて(これが、因と縁の熟した時)、自分がそういう場面を引き受けざるを得なくなるか、または引き起してしまう羽目になる、のだと思います。)

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>