Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~5歳の発心

私の初発心は、5歳の時です。

この話は、以前、ブログに書きましたので、今回は簡単に。

私の父は、台湾が日本の植民地だった時に、船に乗って神戸に来ました。当時の父の国籍は日本な訳でして、ちょうど、今、沖縄の人が本土に来るのと同じ感覚で、パスポートは必要なく、父は軽い気持ちで、日本に来たようです。

戦後の一時、父も羽振りのいい時がありました。

戦争で砂糖が足りなくなっていた日本に、台湾から砂糖を輸入したのだそうです。それで、大きな家に住んで、家に車(シボレーですよ!)があって、蓄音機があって、いつも洒落た音楽がながれていたのですが・・・。

ある日の事、蓄音機から<お富さん>という歌謡曲(これ、あまり洒落ていませんけどね~笑)が流れて来て、それを聴いた私は、直立不動になって「大きくなったらお釈迦様の勉強をする!」「遊んでいる場合ではない!」と思ったのですよね。

その歌詞とは・・・《死んだはずだよお富さん♪ お釈迦様でも知らぬ仏の・・・♪》

この《でも》に、五歳の女の子は、心を打たれたのです。

《でも》って言うからには、お釈迦様はなんでも知っている、世界一偉い人に違いない。

一体、お釈迦様は何を知っているのか、それを私も知りたいな、と思った訳です。

そしてついでに「これは遊んでいる場合じゃないゾ」とも思い、それ以降は、仏教の事が気になって、いつも物憂げな、本ばかり読んでいるような感じで、日々を過ごしていたように思います(移民というのは、生活するだけで精一杯、あまり本を買ってくれるような家庭ではありませんでしたが、なぜか仏教書はその時々に手に入った)。

10歳の時には、教師が黒板に「緬甸(当時はビルマ、現在のミャンマー)」と書いたら、それがピカッと光って・・・私は「ああ、大きくなったら緬甸に行くんだ」と思ったし・・・人生の不思議は、まだまだ続きます(笑)。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>