Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(J- 2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

我々に、なぜ択法の能力が、あるのか?

それは、情報によってもたらされる。

その為、我々には、大量の正しい情報が、必要なのです。

この種の基本的知識を保有したならば、我々は、如何に思考すべきかを、知ることができます。

私は以前、一人の高明な指導者に付き従いましたが、彼は非常に多くの、この種の情報と問題点を、指摘してくれました。

私はそれをもって、禅の修行に応用した訳ですが、私は彼が私に学習の ”空間”(=場、または時間的、余裕)を与えてくれて、己自身で学習するように仕向けてくれた事に、大変に感謝しています。

私が毎回、禅の修行で新しい発見をすると、すぐに指導者に報告に行きましたが、彼は必ず ”なぜそうなのか?” と聞いてくれました。

通常、私はどのように答えていいか分からず、また、彼もすぐには答えを教えてくれる事は、ありませんでした。

私は急いで、その答えを見つけ出したくて、色々と考えたものです。

この種の調査は、覚知を必要としているだけでなく、また、頭も使わなければならない。

この事は、「理知的に調査している」と表現できますーー択法です。

私は知りたい気持ちが高まって、私にとっては挑戦的な取り組みでしたーー遊びの様でもありましたがーー私は各種各様の方法を使って、全体像が見えてくるまで、頑張ったものです。

私は通常、答えを見つける事はできましたが、正解であるとは限らないので、私が間違っている時は、指導者は、丁寧に説明をしてくれたものです。

(J-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<《Awareness Alone is not Enough》より改題/抜粋翻訳

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>