<daṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
止(法随観――五蓋)
《大念処経・法随観》の部分において、仏陀は更に詳しく、諸蓋を捨離する様に勧めている:(注9)
【比丘たちよ。
ここにおいて、比丘は、五蓋において、法随観法によって住する。
比丘たちよ。比丘はまたどの様に五蓋において、法随観法によって住するのか?
比丘たちよ。
ここにおいて、
1)比丘は内(心)に欲貪(kāmaccandaṃ)が存在する時、それを了知する:’私は内(心)に欲貪がある。’
2)内(心)に欲貪が存在しない時、それを了知する:’私は内(心)に欲貪がない。
3)彼はいまだ生起しない欲貪は、どの様に生起するかを了知している。
4)すでに生起した欲貪は、どの様にして捨て断じるかを了知している。
5)また、すでに捨て断じた欲貪は、いかにして、二度と生起ないかも知っている。’】
次に、仏陀は比丘が同様の五種類の方法を用いて、瞋恚、昏沈睡眠、掉挙・後悔と疑いを了知するよう説明している。(当然、ここにおける欲貪は、貪(abhijjhā)に相当し、二者は共に貪(lobha)心所を指すものである。)
五蓋が未来において、二度と生起しないという事は、それらが道果によって断じ除かれたためであるが、しかし、目前の段階における比丘にとっては、五蓋を捨離し、止を修することを指している。
ちょうど《沙門果経》に言うのと同じである。
故に《大念処経》の義註は、仏陀の教えを学ぶ事、善友と親しむ事、適切な論談、及び止の修習などの方法によって諸蓋を捨離するのだと教えているものである。
(3-21につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>