Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(7-4)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

三種類の身

身(kāya)とは、何であるか?

《長部・大因縁經》(Mahā-nidāna Sutta)の中において、仏陀は、二種類の身について、言及している:

名身(nāmakāya)と色身(rūpakāya)である。

シャーリープトラ尊者は《無礙解道》の中において、入出息の解説をするに、入出息において随観する身とは、すなわち、この二種類の身(注43)である、と述べている。

ただ、前に述べた通り、《入出息念經》の中において、仏陀は、入出息を身(kāya)と呼んでいる。

この入出息身は、色身に含まれるものである。

同時に、仏陀は、色身を所生身(karajakāya)とも言っており、そうであれば、入出息身もまた(+これに)含まれるのである。

<注43>仏陀は《大因縁經》の中において以下の様に言う:

”アーナンダ、どの様な行相(ākārehi)、どの様な特性(liṅgehi)、どの様な標相(nimittehi)、どの様な標識(uddesehi)でもって、名身を施設するとしても(nāmakāyassa paññatti)、もし、これらの行相、これらの特性、これらの標相、これらの標識がないのであるならば、色身の中において、触と言う名称を施設することが出来るであろうか(adhivacana-samphasso paññāyetha)?”

”否、出来ないのである!尊者。”

”アーナンダ、どの様な行相、どの様な特性、どの様な標相、どの様な標識でもって、色身を施設しようとしても(rūp‐kāyassa)、もし、これらの行相、これらの特性、これらの標相、これらの標識がないのであるならば、名身において、対象のある触を施設する事ができるであろうか(paṭighasamphasso)?”

”否、出来ないのである!尊者。”

シャーリープトラ尊者は《無礙解道》の中において、また以下の様に言う。

”身には、二種類の身がある。名身(nāmakāyo)と色身(rūpakāyo)である。”

(7-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著(原題「証悟涅槃的唯一之道」) 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>