Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~rūpakalāpaを見るまでは(1)

私は子供の頃から仏教が大変に好きでした。

3歳の頃の、最初の記憶は:

「今度は、女の子に生まれて来てしまったけれど、どの様に生きればいいのかなぁ」

と、一人考えあぐねているものでした。

5歳の時に、<お富さん>という歌謡曲を聞いて初発心し(その中に「お釈迦様でも」という語彙が含まれていたので)、その後はうなされる様に

「ゴータマ仏陀は、何を教えて後、涅槃したのか?」

「涅槃とは何か?」

「刹那生・滅とは何か?」

「無常・苦・無我とは何か?」

を知りたいと思い続け、大乗経典からそれらが学べないと苦悶していた 25、6歳の頃、世に大乗非仏説のあるのを知った後、大乗を捨てて、もっぱら中村元博士の原始仏典を読む様になりました(現在は、大乗経典の存在価値は、それなりにあると思っていますが、やはり今も、南伝アビダンマが一番好きです<注1>

その後、30歳過ぎた頃、ふとした縁で、タイの森林僧院(アチャン・チャーの系列寺院)に、修行に行く様になりました。

夜、タイの森の中で、出家比丘と在家が、声を合わせて《大念処経》を唱える時、なぜか涙がホロホロとこぼれたものです。

私はお経としては四法印を説く《雪山童子》が好きですが、《大念処経》をパーリ語で聞いていると、なぜか泣けてくる・・・ゴータマ仏陀が、直接語りかけてくる様に思えて、パーリ語、好きですね。

私自身は「年頃になったら恋愛して結婚、共働きしながら、子育てにテンヤワンヤ、老境に入って一息ついた」そんなどこにでもいる、一人の平凡な女性ですが、それでも己自身の一生のテーマ

「無常・苦・無我」

が、少しずつ姿を現してきて、今は

「rūpakalāpa の無常・苦・無我を見るまでは死ねない」

と思っています。

もはや、棺桶に片足つっこんでいる今となっては

(来年古稀)、後何年、修行できるか分かりませんが、認知症が出るまでは、修行したい(笑)。

私は、台湾が日本の植民地であった時代に、台湾から日本(神戸)に移住してきた移民の三代目、三世になります。

今、日本では移民問題で揺れていますが、子供の頃から今までの体験、見聞を少しずつ、折に触れて、書いてみたいと思います。

お題は『rūpakalāpaを見るまでは』。

よろしかったら、お付き合い下さい。

注1:大乗経典には、それが成り立つ理由、時代背景があるのだと思いますが、私は独学のため、その時点では、大乗経典を正しく理解する事ができないでいました。日本の大乗仏教界の現状は、本来の大乗の精神と大きくずれていると、思います。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>