Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(8-2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

《大念処経》の中において、仏陀は、受に関して名業処を修習する事は、

受随観(vedanānuvipassanā)に属すると述べ、その他の心所は、

法随観(dhammānuvipassanā)に属する、と述べている。

例えば、不善心所は五蓋(nīvaraṇa)の部分に属し、善心所は覚支(bjjhaṅga)の部分に属する等、である。

蘊の部分においては、仏陀はまた、比丘に対して、

受蘊(vedanākkhandha)、

想蘊(saññākkhandha)と

行蘊(saṅkhārakkhandha、50の心所に相当)を、照見する様に、指導している。

仏陀は、心に関して、名法を修習するのは、

心随観(cittānuvipassanā)である、と教える。

例えば、彼は以下の様に言う。

有貪心(sarāgaṃ cittaṃ)と

離貪心(vītarāgaṃ cittaṃ)を照見するべきであると。

これはすなわち、貪に相応する心を観照し、その後に、善、果報と唯作の諸心を、観照する事に他ならない。

また、仏陀は広大心(mahaggataṃ cittaṃ)と

不広大心(amahaggataṃ cittaṃ)を観照せよと述べたが、それはすなわち、色界と無色界ジャーナ心を観照し、その後に、欲界の諸心を観照せよ、という事を意味する。

仏陀は、この様な方式によって、81種類のすべての世間心を、八対の心に、帰納した。

ただし、残りの八種類の出世間心は、観の修習の所縁ではない。

(8-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著(原題「証悟涅槃的唯一之道」) 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>