Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(8-3)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

ある種の心は、心路(cittavīthi)において生じるが、これを心路心(vīthi-citta)と呼ぶ;

ある種の心は、心路以外において生じるが、これを離路(vīthimutta)心、と呼ぶ。

この事柄については、我々は前に、有分に落ちる件に関する説明の時に、触れたことがある。

合計 6種類の心路(cittavīthi)がある。

前の五種類は眼門、耳門、鼻門、舌門と身門心路であり、それらの所縁は色彩、音声、匂い、味と触である。

この五種類の心路は合わせて 

”五門心路”(pañcadvāra vīthi)と呼ぶ。

六番目の心路は、

”意門心路”(manodvāra vīthi)と言い、それは涅槃を含む、一切の法すべてを、所縁として取る事ができる。

この六種類の心路の間に、離路心路が生じる。

一期の生命の中において、それらの所縁は、常に同じものであり、かつ、常に、前の一世の最後の一個の心路の所縁を、その所縁として取るのである。

一期の生命の中において、生起した所の一番目の心は、”結生心” と呼ばれる。

生命期の全体の間、それは異なる心路の間において生起するが、それは ”有分心” と呼ばれる。

それはまた、生命の最後に生起する心でもあり、それは ”死心” と呼ばれる。

一つひとつの心路は、一系列の異なった心によって構成されており、かつ、心の定律(cittaniyāma)に基づいて生起する。

名法を識別するためには、あなたは、当該の定律の順序に従って、それらを照見しなければならない。

ここの地点に到達する前に、あなたは、止業処または四界分別によって、強くて力のある定力を、育成しておかねばならない。

以下の段では、我々は再び、すでに入出息第四禅を育成した禅修行者が、如何にそれを、vipassanā基礎ジャーナとして、(+修習においてそれを)運用するのかを、論談したいと思う。

(8-4につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi> 

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著(原題「証悟涅槃的唯一之道」) 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>