Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

般若の独り言~古稀を迎えて

私は、もうすぐ古稀(70歳)を迎えます。

昔は、70歳まで生きられる人は少なく、故に、70歳まで生きた人々は<古来希なり>とたたえられた訳ですが、今は70歳は鼻たれ坊主、100歳まで生きる人もいます(笑)。

とはいえ、齢70ともなれば、若い頃よりは、確実に体力は衰え、暑さ寒さは身に応えるし、みなさん必ずや、二つ、三つの持病持ちでもあります。

そんな事を考えていると、シッダッタ太子(後のゴータマ仏陀)の慧眼には、心の底から感服するものです。

彼は若い身ながら、宮廷を抜け出して、世情を観察した時(四門出遊)、生まれる事、老いる事、病む事、死ぬ事の苦しみと、五蘊盛苦、求不得苦、愛別離苦、怨憎会苦の四苦八苦を見抜き、そしてその時から、人間の本質に基づいた、徹底的な解放の道を探し求め、ついにはそれを

<発見>した訳ですから。

年を取ると、上記の四苦八苦、特に老病死とは、背中合わせの毎日になります。

その苦しさ、その不安は、<古稀>や<傘寿>を迎えてから慌て、嘆息しても、間に合わないのです。

若いころから、己自身の来し方、行く末に思いを致し、持戒、止・観の瞑想でもって、己自身の本質と世の究極の有り方を、智慧でもって、見通さねばなりません。

かくいう私、老サヤレーも俗世に長く沈殿して、恥ずかしながら、修行はいまだ道半ばではありますが、《反省はしても後悔はせず》、《法を以て我が師とす》を立脚点に、今日できる修行は、今日の内に取り組む・・・様にしています。

若い方々にこそ、仏法の素晴らしさに目覚めるべく、修行に取り組んで頂きたいと思います・・・あなたが老いて、後悔しない為に。

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>