Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~rūpakalāpaを見るまでは(5)

正月の休みに、我が精舎に帰省して来ている、次男との会話。

次男「2月に、ブータンに、行ってくるよ」

母「え!いいなぁ。でも、ブータンは、旅行者から入国税など色々取るので、物入りでしょ?」

次「いや、仕事なんだ。大学の調査隊の一員として行くので、お金はかからないよ」

母「お母さんは2月、台湾でリトリート」

次「vipassanaだね」

母「サマタ・vipassanaだよ」

「初心者が息等を見ている瞑想はサマタで、rūpakalāpa(=素粒子)の無常・苦・無我が観れる様になったらvipassana」

次「???」

カメラマンの彼は、インドによく行く。

その時は、ゴエンカvipassanaセンターで座るらしい。

故に、瞑想はなんでも vipassana だと思っている。

初心者が概念(息や光など)を所縁として、それに専注している時の瞑想はサマタ、縁起と名色分別のレベルは、サマタとvipassanaの混合、rūpakalāpaの無常・苦・無我を観るのが vipassana だと説明しても、今の彼は、混乱するかもしれない。

息子よ。

母が、アビダルマや、サマタ・vipassana に関する文献を翻訳して、多々、WEBに載せてあるから、何時の日にか、胸にふつふつと、ダンマに関する疑問が湧くとき、それを読みなさい。

それが、母からあなたに贈る事のできる唯一の遺産、法のプレゼントです。

(現在海外出張中の長男も、座禅・瞑想します。不公平にならぬ様、念の為←母心~笑)

  <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>