Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『禅修指南』(3-13)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

禅相は「想い」から生じる。

禅相の出現する以前、それぞれの禅修行者には、それぞれ異なる想があるため、修行者毎に、異なる禅相が生じるのである。

禅修行者が修習している所の業処は、全員が安般念ではあるが、しかし、人によってそれぞれ、異なる禅相が生じる。

ある種の人々にとっては、禅相は柔和で:

綿花、気流、明けの明星、輝くルビー、または宝玉または真珠の様であったりする。

ある種の人々にとっては、それは荒々しく、綿花の木の幹または、尖った木の様である。

ある種の人々にとっては、以下の様である:

長い紐または細い紐。花輪、煙、広がった蜘蛛の巣、薄い霧、蓮の花、月、太陽、電燈の光。

綿花の様な純白の禅相の、その大多数は「取相」(uggaha nimitta)である。

というのも、取相は通常は、不透明で、光らないものであるが故に。

禅相が、明けの明星の様に、明るく光り輝き、透明である時、それは「似相」(paṭibhāga nimitta)である。

禅相が、ルビーの様であり、または宝石、または宝玉の様であるが、明るく輝くことがない時、それは取相である:

それが明るく発光する時、それは似相である。

その他の形状と色彩を呈する禅相は、上記と同じ方法でもって、理解することができる。

(3-14につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay