Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『禅修指南』(3-23)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

止を修習したい禅修行者にとって、堅固な信心(=確信)は、非常に重要である。

もし、人が「似相によって定の修習をするならば、私は必ずや、安止定を獲得することができるに違いない」と考え、その後、信根の力でもって、また似相を専注する事を通して(+修習するならば)、彼は必ずや、ジャーナを獲得することができる。

というのも、ジャーナの主要な基礎とは、すなわち専注であるが故に。

観を修習する禅修行者にとって、慧力は非常に適合する。というのも、慧力が強い時、彼は無常・苦・無我の三相を知見することができるのであるが故に。

次に、定が強くて精進が弱い時、(+もともと)定に怠惰を生じる傾向があるために、(+修行者において)怠惰の心が増長することがある。

もし、精進が強くて定が弱い時、精進には掉挙を生じる傾向があるため、心は掉挙を生じせしめる事になる。

唯一、定根と精進根のバランスが取れている時、修行者は、怠惰にも掉挙にも落ち込むことがなく、結果、安止定を証得することができるのである。

(3-24につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>