Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-54

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

禅の修行に成功せんとする人は、雑事少なく、座禅・瞑想しながら、考えごとをしてはならない。

まずは、仕事の事、気苦労な事や人を忘れる。

大きな妄想が出てきた時、柔軟な方法で解決する。

己自身に、私は今、禅の修行に専心するべきである。これらの事柄は、禅修行が終わってから、解決すればよい、と言い聞かせて、心を(+心配事から)解放する事。

・・・これは、すでに生起した悪を断じる、である。

心は、継続的に、呼吸を知る事を保持する様に出来れば、暫くすると、禅相が出てくる。

これは「取相」である:

相手にせず、引き続き呼吸を知るのを保つ。

呼吸が微細に変化したならば、禅相もまた、呼吸と自然に結合する。

これが「似相」である;

この時初めて、禅相に進入する。

この様にすれば、順調に初禅、二禅、三禅、四禅と進んで、色界定の功徳を得る事ができる。

禅定が成立したならば、四大の修行、色法、名法、縁起法の修行をする。

ソータパナまで、修することができたならば、それは、四正勤の利益である。

故に、禅の修行は、力んではならず、業処を濃密の保持して、初めて成功する。

座禅・瞑想の時、自然に呼吸する。

呼吸をコントロール(制御)してはならない;

下座しようとは思っては、ならない。

身体は下座するものの、心は身体と共に、下座しては、ならない。

引き続き、呼吸を知る様にしながら、下座し、歩き、厠に行く。

(55につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>