Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

般若の独り言~すべての事には時がある

すべての事には時がある・・・キリスト教の言葉ですね。

生まれるに時あり、死ぬに時あり、植えるに時あり、抜くに時あり・・・。

私は、30歳をいくつか過ぎた頃、日本の大乗仏教界に絶望して、いよいよテーラワーダの勉強をしたいと思った時、運よく、アーチャン・チャーのお弟子さんと出会いました。

彼は「自分のお寺に来てもよい」と言ってくれたので、私は早速、タイの西部、カンチャナブリのワット・パー・スナンタまで、出かけたものです。タイ語はたった一言「ニーアライ?」(これは何ですか?)だけを武器にして。

50歳の時、台湾で、パオ・セヤドーの『智慧之光』(中国語)という本に出会いました。

この本の、最初のページを読んだだけで、これは私の運命を変える本だ!

と気が付きました。

その本を持って、翻訳の許可を貰いにパオ・セヤドーにお会いした時(セヤドーが来日したので)、セヤドーは

「翻訳なんてしなくいいので、モーラミャインに修行に来なさい」

とおっしゃいました。

私は、モーラミャインがどこにあるかも知らない、緬甸語も英語もできないのに、熱にうなされる様に、緬甸の東端にある、パオ森林僧院を目指して、バンコクからヤンゴンへと飛んだのでした。

あなたが正法を求める時、それには時があるのです。

正法の指導者が、あなたの前に立っているのに、あなたは今、風が吹いて寒いだの、陽が照って熱いだのと言って、指導者の目を見ようとしない、指導者の差し出す手を拒否するのであれば、あなたは一生、正法に出会えない。

そして、その蹉跌、その蹉跌から生まれる人生の損失から、いかに仏陀であっても、あなたを救い出す事はできない。

すべての事には時がある・・・味わい深い言葉だと思います。

 <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>