Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『禅修指南』6‐10

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

当該の経は、以下の様に言う:

「色を知らない」とは、どの様な事か?

色法に対して、彼は、二つの点で、知らない事がある。

すなわち、それらの「数」と「起因」である。

それらの数を、知らないという事は、すなわち、パーリ聖典で列挙されている所の、25色:目、耳、鼻、舌、身、色彩、音、香、味、触、女根、男根、命根、身表、語表、空界、水界、色軽快性、色柔軟性、色適業性、色積集(=色集積、以下同様)、色相続、色老性、色無常性と食素を知らない、という事である。

(+己の所有する)牛の数を知らない放牧者の様に、色法の多少を知らない比丘は、色法、非色法(名)、名色法とそれらの起因を識別する能力、それらの三相を観照して、禅修の目標に到達する能力を、持たない。

仏法の中において、その様な比丘は、戒、定、観、道、果、または涅槃を、成長(+増強・成就)させることはできない。

それはちょうど、牛のよる、五種類の乳製品を、享受する事の出来ない放牧者の様に、当該の比丘は五法、すなわち、阿羅漢の戒・定・慧、解脱と解脱知見を享受することができない。

色法の起因を知らないという事はすなわち、「これらの色法には一個の起因があり、二個の起因があり、三個の起因があり、四個の起因がある」という事を知らない事を言う。

ちょうど牛の色彩または形状を知らない放牧者の様に、色法の起因を知らない比丘は、色法、非色法(名)・・・を識別する能力を持たず・・・五法、すなわち、阿羅漢の戒、定、慧、解脱と解脱知見を享受する事ができない。

道、果と涅槃を得たいと思う禅修行者は、特に仏陀のこれらの言いつけに注意を払わねばならない。もし、色法の数とそれらの起因を知りたいのであれば、あなたは(+それらに関して)それぞれ個別に、識別できなければならないし、また諸々の色聚も、分別できなければならない。

というのも、色聚の分別をできなければ、どの色法が業生であり、心生であり、時節生であり、食生であるのかを識別できないが故に。

(+この様な比丘は)彼は已に、究極法を見る事を得た、とは言えないのである。

(6‐11につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijyubunko.sakura.ne.jp/index.html

<本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)『禅修指南』Meditation Guide 第二版 中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>