Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『禅修指南』8-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

《受、識または触の識別から始める》

《中部註》(Majjhima‐Aṭṭhakathā)は、

以下の様に言う:

Tividho hi arūpakammaṭṭhānena 

abhiniveso phassavasena 

vedanāvasena cittavasenā'ti.

名法の識別に関する入門法は、以下の三種類ある。

すなわち:

1、受(vedanā)が明確な者は、受から識別を始める。

2、識(viññāṇa)が明確な者は、識から識別を始める。

3、触(phassa)が明確な者は、触から識別を始める。

受の識別から始める場合の教え:

Yassa vedanā pākaṭā hoti、

so ’na kecalaṁ vedanāva uppajjati.

Tāya saddhiṁ tadevārammaṇaṁ

phusamāno phassopi uppajjati、

sañjānanamānā saññāpi、

cetayamānā cetanāpi、

vijānanamānaṁ viññāṇampi 

uppajjanti'ti

phassapañcamake-yeva pariggaṇhāti.

ーー「受」が明確な者は、触の五法を識別するべきである。

それは、ただ受の生起に注意を払うだけではなく、同時にまた、以下の状況にも、注意を払うべきである(+という教えである)。

すなわち:

受と接触する所の、同一の所縁における触もまた、生起しつつあるが故に、それに対しても、同時に、注意を払うべきである:

当該の所縁を標記する想もまた、生起しておりが故に、相応する法を促して、当該の所縁に向かわせる所の、思もまた生起しており、当該の所縁を識識知する所の識もまた、生起しつつある(+が故に、同時に識別するべきである)。

識の識別から始める場合の教え:

Yassa viññānaṁ pākaṭāṁ hoti、

so ’na kecalaṁ viññānameva  

uppajjati.

Tāya saddhiṁ tadevārammaṇaṁ

phusamāno phassopi uppajjati、

anubhavamānā vedanāpi、

sañjānanamāna saññāpi  cetanāpi 

uppajjatī'ti hassa‐pañcamakeyeva

pariggaṇhāti.

ーー「識」が明確な者は、識の五法を識別するべきである。

それは、ただ識の生起に注意を払うだけではなく、同時にまた、以下の状況にも、注意を払うべきである(+という教えである)。

すなわち:

識と接触する所の、同一の所縁における触もまた、生起しつつあるが故に、それに対しても、同時に、注意を払うべきである:

当該の所縁を体験する所の受もまた、生起するが故に、当該の所縁を標識する想もまた生起するが故に、相応する法を促して、当該の所縁に向かわせる所の、思もまた生起しつつある(+が故に、同時に識別するべきである)。

触の識別から始める場合の教え:

Yassa phasso  pākaṭo hoti、

so ’na kevalaṁ phasso uppajjati.

tena saddhiṁ tadevārammaṇaṁ

anubhavamānā veanāpi uppajjati、sañjānanamānā saññāpi、

cetayamānā cetanāpi、

vijānanamānaṁ viññāṇampi 

uppajjanti'ti

phassa‐pañcamakeyeva 

pariggaṇhāti.(《迷惑氷消》Vibhanga‐aṭṭhakathā)

ーー「触」が明確な者は、触の五法を識別するべきである。

 それは、ただ触の生起に注意を払うだけではなく、同時にまた、以下の状況にも、注意を払うべきである(+という教えである)。

すなわち:

(+その時)同一の所縁を体験する所の触も生起しつつあり、当該の所縁を標記する想もまた、生起しつつあり、相応する法を促して、当該の所縁に向かわせる所の、思もまた生起しつつあり、当該の所縁を識知する所の識もまた、生起しつつある(+が故に、同時に識別するべきである)。

(《中部・根本50經篇註》)  

(8-18につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijyubunko.sakura.ne.jp/index.html

<本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)著 『禅修指南』Meditation Guide 第二版  中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>