Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『禅修指南』8-20

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

次に、《中部・各別經》(Anupada Sutta)及び、その

註釈と疏鈔では、名法を識別する時、禅修行者は、依処色及び所縁を、同時に識別する必要がある、と言う・・・

すなわち:

名法は依処色に依存して生起する;

名法は、所縁としての色法を、縁として取るのである。

《各別經》の註釈は、シャーリプトラ尊者が「各別法観法」(anupadadhamma viññāṇā)によって、逐一、初禅等のジャーナ法を観照する時(+の様子について)述べている:

vatthārammaṇānaṁ pariggahitatāya

ーー彼は逐一、名法を観照する事ができる。というのも、彼は、依処色及び所縁を、同時に識別したが故に。

ここにおいて、依処とは、眼、耳、鼻、舌、身と意の六門をいう事が、知れるのである。

上に述べた、二つの項目の教えによれば、あなたが色所縁(色塵)を、眼門の目標として取り、その為に、それに従って、意門と、純意門心路過程の名法が生起する時、あなたは先に、同時に、眼浄色と有分透明界、すなわち、眼門と意門の二者に注意を払わねばならないし、その後において、一粒または、多くの粒の色聚の、好ましい(iṭṭha)か、または好ましくない(aniṭṭha)色彩を、識別しなければならない。

この様にすれば、当該の色彩が、同時に、眼浄色と有分透明界(意門)を打つ(+のが了解できる)。

その時、色所縁を目標に取る、眼門と意門心路過程が、生起する。

もし、前者の確定心(votthapana)及び、後者の意門転向心(manodvārā vajjana)の確定作用に、如理作意が(yoniso manasikāra)具備されている場合、当該の所縁を、

(1)色彩、(2)色法、(3)無常、

(4)苦、(5)無我または(6)不浄

として確定する。この場合、生起した速行は善である。

もし、不如理作意(ayoniso manasikāra)が伴う時、当該の色所縁を、常、楽、我、浄などと確定するが、生起する速行は、不善である。

耳門、意門心路過程などもまた、概ね、上に述べた通りであるが、その差異は、(1)項の如理作意、すなわち:

声(=音)所縁を音と見做し、香所縁を匂いと見做す、という事である。

同様の理論でもって、声所縁(音塵)を目標とする名法を識別する時、あなたは先に、同時に、耳浄色と有分透明界(意門)の二者を識別し、その後に、声所縁を識別なければならない。

香所縁(香塵)を目標とする名法を識別する時、あなたは先に、同時に、鼻浄色と有分透明界(意門)の二者を識別し、その後に、香所縁を識別なければならない。

味所縁(味塵)を目標とする名法を識別する時、あなたは先に、同時に、舌浄色と有分透明界(意門)の二者を識別し、その後に、味所縁を識別しなければならない。

触所縁(触塵)を目標とする名法を識別する時、あなたは先に、同時に、身浄色と有分透明界(意門)の二者を識別し、その後に、一粒のまたは多くの粒の色聚の中の、地、水または風界、すなわち、触所縁を識別しなければならない。

法所縁に属する所の、色法を縁に取る名法を、識別する場合、あなたは同時に、有分透明界(意門)及び、任意のどれか一つの、法所縁グループの中の、色法を識別しなければならない。

遍相などの概念を目標とする、法所縁グループの名法を識別する時、あなたは同時に、有分透明界(意門)及び、当該の概念を、識別しなければならない。

眼門等の五門心路過程は、ただ一回のみ生起し、その後に、多くの意門心路過程が生起する。

そして、二つの心路過程毎の間には、多くの「有分心」が生起する。

一番目の意門心路過程の名は「彼随起意門心路過程」(tadanivattaka manodvāra vīthi)と言う。

二番目から始まる所の、意門心路過程の名は「純意門心路過程」(suddha manodvāra vīthi)と言う。

法所縁を目標に取る、意門心路過程はまた、純意門心路過程と言う。

《清浄道論》の教えに基づけば、あなたはこれらの心路過程の、一つひとつの心識刹那のすべての名法を、識別しなければならない。

《泡沫比喩經註》(Pheṇapiṇdūpama Sutta Com.)は以下の様に言う:

一瞬の瞬きにおいて、または一瞬の稲妻という、極めて短い時間の中において、心は、一万億回、生・滅する事ができる。すなわち、多くの心路過程が生起するのである。

それらの中において、あなたは、その中の幾つかのもを、識別することができるかもしれない・・・その他のものは、識別し難い。

あれら、あなたが識別する事が出来る所の、心路過程において、あなたは、四種類の名密集(nāma ghana)を、識別し、また、看破しなければならない。

(18-21につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijyubunko.sakura.ne.jp/index.html

<本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)著 『禅修指南』Meditation Guide 第二版  中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>