Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~縁起

今日、日課にしている水中運動に行った所、ある方が

「貴女尼僧さんだから、拝むんでしょ?」

と、少し小ばかにした様に、両手を拝むように、擦って見せた。

私は

「えぇぇぇ・・・?? 

私たちテーラワーダ南伝仏教の者は、拝んだりしないですけど」と小声でモグモグ、言ってはみたけれど。

水中でスクワットしながら

「色聚(=素粒子)の聚合がどうした、

色法(=クォーク)の刹那生滅がどうした」

等と、仏法の深遠な話をするわけにもいかず・・・。

でも、不思議と腹は立ちませんでした(この方、普段は物腰の柔らかい紳士です)。

縁起ですね。

この方は、仏法の何であるかを知らない。

日本の僧侶方も 《先祖を大事に、朝夕、仏壇の前で手を合わせなさい》 等と教えているのですから、取り立てて積極的に仏教の勉強をしない市民の方々が、仏法について、誤解をしても致し方ない。

すべては、縁起なんだなぁ・・・原因があって、結果がある・・・それ以外の要素は、ない。

すべては縁起・・・この方が私にふざけて見せるのは、彼の心内に鎮座する因と縁によって構成された<概念><思惑>によって選択され表現された所の、態度の一形態であるならば、私が腹を立てる意味がない。

人身受け難し、仏法聞き難し・・・

人として生まれても、

正法を聞くチャンスを持たない人、

聞いても理解できない人、

仏法を誤解している人は

気の毒だ・・・

そう思った一日でした。

(注:<縁起>の本来の意味は、12縁起支のことですが、ここでは簡単に、何事も因と縁によって起こる・・・という意味に使っています)

<緬甸パオ森林寺僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>