Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-4(294/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

業は、四種類に分類することができる、すなわち、

現法受業(diṭṭhadhamma-vedaniya kamma)、

次生受業(upapajja-vedaniya kamma)、

後後受業(aparapariya-vedaniya kamma)、

既有業(ahosi kamma)である。

現法受業とは、今の生において果報が生じる業のことであり、

次生受業とは、次の生において果報が生じるであろう業のことであり、

後後受業とは、次の生のその後の未来生において果報が生じる業のとこであり、

既有業とは、「この種の業は形成されたものの、過去において果報は生じておらず、現在においても果報は生じておらず、未来においても果報が生じない、その様に業である。」

これらの業の中で、

(一)七個の速行心の中の、一番目の速行心の思は、善であろうが、悪であろが、みな「現法受業」と呼ぶ。

欲界の衆生について言えば、一番目の速行心は、七個の速行心の内の最も弱いものであり、それは今の生で果報を結することはできない。

もし、今の生で果報を生じないならば、それは既有業と呼ばれるが、その意味はすなわち、この種の業は形成されたものの、しかし、過去には果報が結成されることはなく、現在も果報が結成されることがなく、未来もまた果報を結成することがなく、ただ業の名称があるのみである。

(二)目標を達成した七番目の速行心の思を「次生受業」と言う。

欲界で言えば、それは七個の速行心の中の内の、二番目に弱いものである。

故に「目標の達成」とは、布施または殺生などの目的のことを言うのである。

この思が適切な助縁を受け、また前の、あれら速行心の重複(āsevana慣行)の支援を受けた時、次の一生に果報を結成する可能性が生じる。

もし、次の一生で果報を生じないなあば、それは既有業と言い、すなわち、業はあるものの名称のみ存在する、ということになる。

(三)第一と第七番目の速行心の間には、五個の速行心の思があるが、それは皆「後後受業」である。

それは潜在能力を有しており、次の一生の後の未来生において、果報を結成することができる、たとえば、因と縁の熟した時に、生まれ変わり(+という現象を)齎し、結生識刹那の五蘊を形成するなど、である。

それが、いまだ果報を結成していないならば、それらの、この種の潜在的能力は常に、名色相続流の中において潜在し続けて、どれほどの長きに亘って生死輪廻しても、それらは、般涅槃するまで、既有業になることはない。

一番目の速行心の思が、ネガティブな妨害を受けず、殊勝な助縁を得て効力を有する時、かつ、明確に、適切な優先業行が生起する時、それは今生において、果報を結成するが、これを「現法受業」と言う、というのも、その思が、上に述べた如くに効力を発する時、それは同一の速行刹那の中の相応する名法を援助することができるが故に。

それの、未来において展望する力量が弱いために、また、その他の速行心の重複(āsevana、慣行)の支援に欠けているために、その果報は小さく、又他の二種類の業の様には、未来世における機縁を期待することはできない。

それはただ、今世において単純な果報を結成することしかできず、未来における生まれ変わりを齎すことはない;

ちょうど、果実を結成することのできない花は、ただ単純に花である、ということと同じである。

相反して、別の、あの二種類の業は、それぞれ、次の一世や、更に遠い未来世においての生まれ変わりを齎すことができ、それらが結成する果報もまた大きいものである。

「もし、果報を結成することができないのであれば」:

業は適切な因と縁の条件が聚合した時初めて、果報を結成する;

もし、適切な因縁条件に欠けるならば、今世で果報を結成することはできない。

布施を例に取ると、一番目の速行心の思が今世において果報を結成するためには、布施者には徳行がなければならず、受け取る側は、滅尽定から出たばかりの阿羅漢、またはアナーガミ聖者でなければならないし、布施さらた物は、正当な方法でもって取得されたものでなければならなず、布施者は、布施の前、布施の後ともに、堅固な願望と喜びの心がなければならないし、また彼は、業果の法則に対して、深い信心(=確信)を持っていなければならない。

もし、これらの条件が不足するならば、一番目の速行心の思は、今世の果報として結成することは、できない。

(10-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi> 

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>