Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

般若の独り言~万人平等

今朝、IT のニュースに

ローマ教皇、女性の手を叩いた事を謝罪】

とありました。ローマ教皇が信者達に謁見している時に、一人の女性が、教皇の手を掴んで離さずに、かつ引っ張ったので、教皇が思わず女性の手を二度、叩いた・・・

また、その行為を翌日、教皇が謝罪した、というニュースです。

教皇

「キリストも女性から生まれた。

我々はどの様な形にしろ、女性に暴力を振るってはならず、女性を蔑んではならない」

と述べています。

振り返って、我らがゴータマ仏陀は、2600年前にこの様に言いました:

「我々は皆、母の子宮から生まれてくるが故に、

万人は平等である」

これは、当時の婆羅門階級が、

【婆羅門は母の頭部から生まれ、クシャトリアは母の脇から生まれ、商人階級は母の腹から生まれ、最下層の奴隷階級は母の足から生まれる】

と説いていたものに、婆羅門から決別して、沙門であったゴータマ仏陀が、真向から異議を唱えたものです。

【人は、誰もが母の子宮から生まれる】

と言う当たり前のことが、支配階級によって差別意識プロパガンダされてしまうと、婆羅門階級(支配階級)から奴隷階級(被支配階級)の者までが、一体になって、非科学的な教えを信じてしまう不思議さ・・・洗脳と同調圧力の恐ろしさでしょうか?

仏教がインドの国境を越えて、東へミャンマースリランカ、タイ、カンボジアベトナムインドネシア、北へシルクロードの各国、中国へと伝わったその原動力の一つは

【万人は平等である】

という教えにあったと思います。

但し、仏教はそれほど単純ではなく、輪廻による<業>を説きますから、その後ろには

【人は本質において平等であっても、個々の表れには違いがあり、幸、不幸もまた自己責任である】

という、厳しい教えが控えています。

《人は皆平等である》という誇りと博愛を胸に、しかし、生きている間に出会う所の、さまざまな困難は己の<業>が齎すものであるが故に、苦しみを他者に責任転嫁する事なく、その一つ一つを、誠実に受け入れるしか、他に行く道はない・・・(輪廻の苦海を横超する最も有効な方法が<涅槃>という訳です)。

《仏法を理解した者は、勇気を持って生きる事ができる》

仏陀の教えに出会った喜びを、その様に言い表したパオ森林僧院の比丘尊者がおられまししたが、正にこの事を指しているのだと思います。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Paññādhika Sayalay般若精舎>