Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

老婆の独り言~今ここの身体

今年3月初め、禅病を発症した事は、前のブログで、何度か報告をしました。

最初の二か月程は、一週間に一度、パニックを起こしまして、その度に、インドで修行されたというヒーラーの先生を頼って、彼に《手当て》をして頂いていました

・・・先生が、私の身体症状を「禅病だ」と診断して下さった時は、自分の予備的診断と合致したので、大いに安心したものです。

(大変稀な、不思議な病気ですから、普通の病院の内科、心療内科、精神科には行ってはいけないです、誤診されますので)。

現在、最悪の時期は峠を越して、現時点では、頭頂部から下丹田へと、<(邪)気>が流れていくのを、静かな心で観察する事が出来る様になっています。

この間、<気>について書かれている本を探していて、

片山洋次郎氏の著書を見つけました。

まず

[オウムと身体]を読み、

今は

[生き抜くための整体]

[気と身体]

[骨盤にきく]

[気ウォッチング]を読んでいます。

彼の主張の中で

【今ここの身体感覚に生きる】

という言葉に、ハッとさせられました。

私は一度だけですが、7、8年ほど前に、パニック障害になった事があります。

切っ掛けは特にないのに、急に心臓がバクバクして、今にも死ぬのではないか、と思ってしまう。

発症の最初、大変に驚きましたが、私はまっさきに

「心臓がバクバクしたくらいでは死なない」

「焦らない、驚かない」

と、あまり根拠のない(?)決意をし、その後は、心の持ち様を

<今・ここにおいて、平常心でもって、心臓のバクバクを観察するのだ!(心臓を見切れない時は、安般念を併用)>、

というスタンスに切り替えました。

すると、心臓のバクバクは徐々に止んで、10分ほどで、何事も無かった様に、平静になりました。

今・ここにおいて、己自身が、己自身の観察者になる・・・

これが出来たならば、多くの心理的、身体的困難を、乗り越える事ができるのではないでしょうか・・・凡夫にとっては、乗り越える事が難しい難題も多々あり、この手法が万能である、とはいいませんが、非常に有用であると、思っています。

凡夫は凡夫なりに<精進あるのみ>、です。

<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>