Sayalay's Dhamma book

仏教書の翻訳は2019年夏をもちまして一旦終了しましたが、2020年発生しましたコロナ禍により、修行者独習に供する為、『親知実見』を翻訳しています。過去に訳出した23冊は<菩提樹文庫>にて閲覧できます。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『親知実見』#16-7

あなたは、心をして平静である様にし、白色の取相に専注する事、一時間、二時間、または三時間または更に長く・・・。もし、あなたが、この様に、あなたの心を取相の上に一時間または二時間、固定し続ける事が出来たならば、それは清らかに、明るく、光耀く様になる、これが似相である。

心をして、似相の上に、修習が成功するまで、一時間、二時間または三時間、維持できる様に決意し、かつ練習をする。

この段階において、あなたは近行定(upacāra)または安止定(appanā)に到達するであろう。

それを近行定と呼ぶのは、それがジャーナに近く、ジャーナの前に出現する為であるが、安止定はジャーナそのものである。

この二種類の定は、双方とも、似相を所縁としているが、二者の違いは、わずかの以下の情況の違いによる:近行定における諸々の禅支は、いまだ完全に展開されていない。この事が原因で、「有分」(bhavaṅga)が尚生起し、かつ、禅修行者をして「有分」に落ち込ませる。

禅修行者は一切が停止した、と言うが、場合によっては、これこそが涅槃であると誤解する事もある。

実際は、心は未だ停止しておらず、ただ、禅修行者が、いまだそれを覚知する充分な能力を有していないが為に(その様に誤解するのである)、というのも、有分心は非常に微細であるが故に。

<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>