Sayalay's Dhamma book

仏教書の翻訳は2019年夏をもちまして一旦終了しましたが、2020年発生しましたコロナ禍により、修行者独習に供する為、『親知実見』を翻訳しています。過去に訳出した23冊は<菩提樹文庫>にて閲覧できます。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『親知実見』#27-3

精進が強すぎる時、それは、心をして躁動不安にならしめて、その結果、その他の諸々の根が弱くなり、かつ、適切に運用するのが難しくなる。念が弱くなる時、あなたは、何事も実践できなくなる、というのも、あなたは呼吸に専注する事が出来ないし、呼吸を識別する為の精進は減退して、消失してしまう事もあり、同時にまた、信心(=確信)が失われてしまう。

あなた今、まさに止を修行している。

止禅に関しては、強くて力のある定はよいものである。しかし、過度の定は、怠惰を引き起こす。怠惰が原因で、その他の諸々の根もまた弱くなってしまい、結果、適切な運用ができなくなる。

初心者の段階においては、智慧はまだ鈍くて劣っていて、ただ、自然の呼吸を知ることができるだけである。

故に、今現在、止禅を修習する最中の初心者にとっては、ただ、明晰に呼吸を知覚できるだけで充分である。

取相または似相が出現したならば、智慧が、取相または似相を覚知する。

また、多すぎる知識、学問(を擁する事)は、良い事ではない、というのも、あなたは、討論や批評ばかりする様になるが故に。

もし、禅修行者が、入出息念に対して、多くの討論や批評をする時、我々は、彼の慧根は過度であると言い、この場合もまた、その他の諸々の根を弱くしてしまい、かつ、適切に運用する事ができなくなってしまう。

こういうことから、初心者にとって、5根のバランスがそれほど重要ではないとは言っても、しかし、バランスを保持できる事は良い事である。

如何にしてバランスを保つのか?

我々は、強くて力のある正念でもって、明晰に呼吸を覚知し、かつ、大いなる確信をって、呼吸に専注しなければならない。

<翻訳文責:緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>