Sayalay's Dhamma book

仏教書の翻訳は2019年夏をもちまして一旦終了しましたが、2020年発生しましたコロナ禍により、修行者独習に供する為、『親知実見』を翻訳しています。過去に訳出した23冊は<菩提樹文庫>にて閲覧できます。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳『親知実見』#27-6

上記に含まれる意味とは、すなわち、禅修行者は、異なる段階の観智を通り、かつ縁起を了知しないのであれば、輪廻を解脱する事はできない、という事である。

仏陀は《増支部・外道依処等経》において、以下の様に言う:

「比庫たちよ。

何が苦集聖諦(dukkhasamudayaṃariyasaccaṃ)であるか?

[1]無明(avijjā)の縁によりて、行(saṅkhāra)(があり)

[2]行(saṅkhāra)の縁によりて識(viññāṇa)、

[3]識の縁によりて名色(ñāmarūpa)、

[4]名色の縁によりて六処(saḷāyatana)、

[5]六処の縁によりて触(phasso)、

[6]触の縁によりて受(vedanā)、

[7]受の縁によりて愛(taṇhā)、

[8]愛の縁によりて取(upādāna)、

[9]取の縁によりて有(bhavo)、

[10]有の縁によりて生(jāti)、

[11]生の縁によりて

[12]老、死(jarāmaraṇa)、愁(soka)、悲(parideva)、苦(dukkha)、憂(domanassa)、悩(upāyāsa)が生起する。

この様に、苦蘊の全体が生起する。

比庫たちよ、これを苦集聖諦と言う。」(A . 3.62)

上記の項目は、縁起と呼ぶ。

仏陀は、縁起はすなわち、苦集聖諦である、という。

<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>