Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

2016-08-01から1ヶ月間の記事一覧

是誰庵のひとやすみ~一角獣がやって来た!

インターネットで注文したミニ・スポット・ クーラーが到着しました。 設備は、超アナログ的、システムとしては 簡単なもので、50cm(高)*45cm(横) *25cm(奥行)の金属製箱、その上部に 一角獣の角のような蛇腹が付いていて、 これは、冷風吹き出し口。 …

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー47★

ここで、私は、簡単な結論を述べたいと思う: 仏教は、絶対の真実のレベルにおいては、 「自我(ママ、以下同様)」がある、とは主張しない。 この点は、仏教と、その他の学説とが、 異なる部分である。 その他の学説においては、最高の境地に 到達しても、…

是誰庵のひとやすみ~仏教書の翻訳は直訳で決まり

ここの所、私の毎日の日課は、中国語の仏教書 を日本語に翻訳する事。 午後の水中運動とともに、やらないと、何か 落ち着かない、一つの確信的習慣になって しまった(苦笑)。 しかし、仏教書の翻訳、遠い昔、チベットで、 インドで生まれた仏教を受け入れ…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-46

仏教は「自我(ママ、以下同様)」があるとは 主張しない~ 各種の学説の要旨を比較した後、我々は、 「自我」があると主張する人(有我論者)は、 すでに世俗を超越するほどの高い境地に おいても、なお「自我(訳者注)」を有している (+という)。 特に…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー45

(二)しかし、事物が、因と縁から生じるの でなければ、それは「生れること」を必要と しないまま存在することができ、しかも、 永遠に消滅することなく、永恒となる。 たとえば、仏陀の述べた涅槃、この種の 存在は、完全に、因と縁及び因縁が顕現させる …

是誰庵のひとやすみ~今日のトレトレ

朝からもう暑くて暑くて、庭に出るのも 嫌(ここは東南アジアか?っていうくらい 暑い~苦笑)。 でも、昼食のソーメンにネギが必要で、 恐る恐る菜園へ。 トマト、オクラがたくさん成っていたので、 急いで捥ぐ(とにかく暑い~苦笑)。 ひょいとのぞくと、…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー44

[仏教は、万事万物は因縁によって造られる と主張する]~ 仏教は、常見者の言う所の恒常不変なる 「自我(ママ、以下同様)」を受け入れない。無為法 は、不生であり、また不滅でもあり、恒常に 存在しているものではあるけれども、しかし、 それは「自我」…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー43

[断滅論者は「自我」と「無我」を 否定する]~ 無我論者は、一切の事物を否定するが、 その中で、耆多翅舎欽婆羅の観点は、 いわゆる「断滅論」である。 この種の観点は、他人のいかなる見方も 受け付けず、「自我」と「無我」の両方を 否定する。 彼らは、…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー42★

[有我論]と[無我論]の比較~ 簡単に言えば、すべての観点は、二種類に 分けることができるーー「自我(ママ、以下同様)」を 主張する「有我論」と、それを否定する 「無我論」である。 [有我論者は、無為法が真正なる「自我」で あると主張する]~ 有我論者の…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー41

解脱(仏教の涅槃に相当)とは、小我が、封じ 込められた塵俗の中から解脱し、その解脱の 過程において、心霊(ママ、以下同様)もまた 「自我 (ママ、以下同様)」を見る、という ことである。 大乗仏教の教派の何人かの著名な大師は、 ヴェーダンタ哲学の…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー40

[ヴェーダンタ哲学の観点ーー「自我(ママ、 以下同様)」は、久しく覆われていた塵俗状態 の中から解脱することができる] ヴェーダンタ哲学の観点はおおむね 下記の通り: ≪一人の人間が、その知識が成長し、 さらなる高度な智慧を持つとき、心霊 (ママ、以下…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー39★

P.Carus が、彼の著書《仏陀伝》 (Biography of the Buddha)の中で、 仏陀は、仏になる前、多くの苦行者と 弁論した、と書いている。 (+その趣旨は以下の通り)。 ≪衆生は、我執を取り除いていないが故に、 束縛を受ける。 一人の人間の観念の中で、一…

是誰庵のひとやすみ~ミニスポットクーラー

今年は日本列島、異常気象でしょうか、 とにかく暑い。 いつもはお盆が過ぎれば涼しくなるはずの 我がY盆地も、今年はいまだに、毎晩夕方 6時になっても、ギンギンに暑いって、 これ、どうなってるの? インドで、熱風にやられて、お年寄りが 亡くなる記事が…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー38

仏陀は、この種の理論を排斥した。 それを「霊魂(ママ、以下同様)」と呼ぼうが、 他の名称で呼ぼうが、それを覚知する ならば、完全に、究極的に解脱すること はできない。 というのも、少しでもモノに対して 感知があるならば、なんらかのモノを 覚知しよ…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-37

実体(ママ、以下同様)のある無我観~ 実体のある無我観については、阿羅邏迦羅と、 鬱多迦羅の観点の中に、見ることができる。 彼ら二人の無我観は、全くの間違いだとも いえない。 彼らは、かつて、シッダッタ王子 (後の仏陀)の、開悟する前の先生 であっ…

是誰庵のひとやすみ~喫茶去!

以前、大阪で開催されていたチベット仏教講座(内容は、ミラレパの生涯の解説)に参加した時、講師の先生から「仏教書を日本語で読むのと、中国語で読むのと、どちらが分かり易いですか?」と質問を受けたことがあります。 私は即座に「中国語」と答えました…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー36

[尼乾陀若提子ーー罪業を取り除いて 永恒の「自我(ママ、以下同様)」を証悟する] 尼乾陀若提子(Nigaṇṭhanāṭaputta)の観点 は、パーリ経典《沙門果経》の中において、 下記のように記されている: 束縛から解脱した人になりたいのであれば、 最終的に四つの…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-35

[散若耶毘羅提子ーーいかなる事物も、みな 定義することはできない] 散若耶毘羅提子(Sañjaya Velaṭṭhaputa) の宣揚した学説は、下記の原則を有していた。 いかなる事物も定義されることはできない。 また、いかなる名前で呼ぶこともできない。 というのも…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-34

この種の観点は、仏教とは異なる・・・両者 ともに、同じく元素に言及し、それを主題に してはいるが。 仏教は、人々が、それ(=元素論)を 基礎にして、お互いに(+お互いを)尊重 するべきだという道徳的行為を受け入れる。 少なくとも(+人々に)執着…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー33

[波拘陀迦旃延ーー行為とは、ただ元素による プラスの、またはマイナスの方向への 転換にすぎない] 波拘陀迦旃延(Pakudha Kaccāyana)が 宣揚した学説は以下の通り: いわゆる生命とは、ただ地、水、火、風、 楽、苦と生命力などの 7 種類の成分の 組み合わ…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー32

この種の観点は、一切の事物を否定し、 かつ、今世であろうが、来世であろうが、 いかなる事物も真実であるものはなく、 この世界事自体も存在しない、ただ元素 が反復して結合し、分離しているだけだ と宣揚する。 この種の学説は、その信者にとっては、 気…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー31

[阿耆多翅舎欽婆羅ーーいかなる事物も 存在しない] 阿耆多翅舎欽婆羅(Ajita Kesakambala) は、一切の事物の原理を否定している (この観点は、今日における虚無主義に 相当する)。すなわち: いかなるものも、完全に、存在しては いない。 人々が感受を受…

是誰庵のひとやすみ~イケダハヤトのお隣に

イケダハヤトが「まだ東京で消耗して いるの!?」という挑発的な言葉を 残して四国に引っ越した事は、情報弱者 のおばぁさんである私でも、知っている。 私自身は、イケダハヤトはちょっと なじめないけど(ちょっとばかり、 イケイケ・ドンドンすぎる感じ…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー30

我々は、仏法でいう涅槃は、すべての人々が、 最後には到達したいと願う究極的な目的で あると信じるが、一つ例外がある--我々は、 因縁を創造することができ、この人生か、 または次の生で涅槃を証悟することが できると思っている;また、我々は、因縁を…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー29

この観点は、ある種の人々にとって、 願ったりかなったりである。というのも、 彼らは、(+自分自身では)何もしなくて もよく、(+物事が)自然に発展していく のを待てばいいだけだから! これは一種の、自己を否定し、自己の能力を 否定する哲学である…

是誰庵のひとやすみ~フェルトのおもちゃ

長男が結婚して、女の子が生まれた のが3年前。今年の桃の節句に、九州は 柳川地方で有名な<つるし飾り>を 作ってあげようと思って、その手の本を 買ってはみたけど、実際に作ろうとすると、 呆然。 布、ちりめんの布ですが、色違い、模様 違いが、少しづ…

是誰庵のひとやすみ~鬼の作ったパン

今年は例年より、やけに暑いです。 いつもなら、お盆を過ぎると一息つける はずが、今年はまだまだ暑くて、愛犬の オハナが、口でハーハー息をしている。 我が家は扇風機しかなくて、それで オハナを涼ませてあげようと思い、 塚原高原に出かけた。 目的地は…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー28

[末迦利瞿舎羅ーー生命は自然な運行を しており、(+何らかの)エネルギーに よって、汚染されたり、浄化されたり することはない] 末迦利瞿舎羅(Makkhaligosāla)は、 以下の観点を持っていて、かつ、この 観点に基づいて、彼の信徒を指導した。 生命とは…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー27

この派の観点では、行為または顕現した 事象以外、いかなるものも存在しない、 ということになる。 たとえば、動物を殺す事は、ただ単に 動物に刃物が突き刺さるだけであり、 動物が傷つき、または死亡しても、ただ それだけの行為であり、比較的重い後果 (…

是誰庵のひとやすみ~外道について

半年ほど前、隣町であった「仏教史講座」に 参加した時、「外道」という言葉が でてきました。 講師の先生が、中国語のできる私に 外道という言葉は、相手を貶し卑しめる ニュアンスがあるかどうか、尋ねられ ました。 私は、少なくとも中国語で外道(waidao…