Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-13

随後、仏陀継続開示:「阿難、我没有看到任何一種変易的色法

不会導致貪恋及耽楽於它的人感到愁、悲、苦、憂、悩。」

上記の(=仏陀の)開示の意味は:

群体を楽しむ者は、特別の素質を成就する事ができないと

指摘した後、仏陀は言う:「アーナンダ、私は見たことがない

云々。」そして、(=人々の)間違いがどこにあるのかを

(=仏陀は)言う。

ここで、色と言われている身体は、多くの微小な粒子または

色聚によって構成されている。もし、比丘が系統的にそれら

を識別するならば、彼はそれらの中の究竟色法(paramattha-rūpa

を見る事ができる。それらの生滅は非常に迅速で、一たび生起する

や否や、即刻、滅尽する。故にそれらは無常である。もし人が、

智でもって、この本質を照見することができないならば、

貪欲によって、色に於いて楽しむということが起こる。

もし、彼がそのように為すならば、彼は色が変化するということ

によって、愁、悲、憂、悩を感じることになる。

故に仏陀は:「私は、いかなる変易の色法であっても、貪恋及び

それに耽溺して楽しむ者に、愁、悲、苦、悩を感じさせないと

いう事を見たことがない。」と言う。

例えば、シャーリプトラとモッガラーナがサンガに入団して、

仏弟子になったというこの変化の為、(彼らの以前の師である)

サンジャヤは、愁、悲、苦、悩を感じた。

在家居士のウパーリは、仏陀と仏法について語りあった後、

仏陀の弟子になったが、この変化も、同じく(彼の以前の師で

あった)ナータプッタに悲痛を与えた。当時のナータプッタは、

尼乾達教(=ジャイナ教)の創始者で、ウパーリは彼の大弟子

であった。ある日、ウパーリは、出かけて行って仏陀に多くの

質問をし、仏陀は多くの、明晰な例を挙げて説明したので、

彼は非常に満足した。この問答の部分の経は、《ウパーリ経》と

呼ばれる。ウパーリは、当該の経を聞き終わった後(初果須陀洹

を証して)仏陀の弟子になった。以上が、注疏に書かれている

解説である。(= )訳者。(つづく

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)