ある時、仏陀と大勢の比丘が、コーサラ国を遊行していて、ある所で、
一塊の烈火を見た。
仏陀は即刻、その道を離れ、一本の木の下に行き、阿難尊者が袈裟を
敷いて準備した、彼のための坐に座った。
その後、仏陀は大勢の比丘に訊ねた:
「比丘たちよ。どちらが比較的好ましいか?烈火を抱いて座る方が
よいか、それとも身体が柔らかく、触覚が美妙な少女を抱いて座る方
がよいか?」
比丘たちは、無知のままに、少女を抱く方がよい、と回答した。
仏陀は即刻、解説して言った。
「戒を持さない人にとって、烈火を抱いているほうが、まだよい。
というのも、それは、彼を一生の内に苦しめるだけだから。
少女を抱くならば、それは悪道に生まれ変わる事になる。
なぜか?
それは《相応部・燃火之教経》(Ādittapaaariyāya Sutta of
Saṁyutta Nikāya)で述べられている通り、身体が柔らかく、
触覚が美妙な少女を座って抱く、という楽しみに執着する事は、
不善法であるからである。
この不善法は、非常に強いエネルギーを持ち、極度に痛苦なる悪道
に生まれ変わらせる果報を齎す事になるし、それは、非常に長い時間、
この痛苦に遭わねばならないことになる。
その後、仏陀は、再び比丘たちに問うた。
一、一人の強健な人に虐められ、両足を鞭で打たれ、皮膚、骨までが
破れ、砕けるのがよいか、それとも、楽しく信徒の礼拝を受けるのと、
どちらがよいか?
二、一人の強健な人に、先端のとがった矛で、胸を突き刺さられるのが
よいか、それとも、楽しく信徒の礼拝を受けるのと、どちらがよいか?
三、一人の強健な人に、真っ赤に焼けた鉄片を全身に張りつけられるの
がよいか、それとも、信徒に布施された、袈裟を着る方がよいか?
四、火で真っ赤に焼いた器具で口を押し広げられ、(+口に)火で
真っ赤に焼けた鉄の玉を投げ入れられ、口から肛門までの内臓を
焼き尽くすのがよいか、それとも、信徒に布施された食物を食べる方
がよいか?
五、一人の強健な人に、頭と肩を強く掴まれ、焼いて真っ赤に
なったベッドに無理やり座らされるか、横にならされる方がよいか、
それとも、信徒に布施されたベッドで寝る方がよいか?
六、足と手を、一人の壮健な人に掴まれて、大鍋が火で焚かれて、
その中で煮えくりかえっている、鉄の中に放り込まれるのがよいか、
それとも、信徒の布施してくれた寺院にいる方がよいか?
(+ )訳者。(つづく)
(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)
中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)