Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

是誰庵のひとやすみ~身苦心不苦

もう 40 年以上前になりますが、台湾で釈従信比丘の

大乗仏教批判の書「阿含正見」に出会って、夢中になって読んだ事があります。

彼に手紙を出した所、自著を次々と、送ってきてくださいました。

その中に「37菩提分」というのがあり、よく「身苦心不苦」という言葉がでてきます。

一応、仏教の勉強をしている人なら「はは~、あのことだな」と、想像はつくと思います。

たとえば、病気をして、身体がつらくても、心は病気に負けてはいけない、という仏教徒御用達、定番のアレですね。

しかし、これ、言うは易し行うは難し・・・一体どういう修行をしたら、病気を、死を恐れない人間になれるのだろうか。

私も、ずっとわからないでいました。

仏典には<ある時、虎に襲われた沙弥が、足を噛まれている時にソータパナになり、腰を噛まれている時に、サカダーガーミになり、胸を噛まれている時にアナーガミになり、頭を噛まれている時に阿羅漢になった>という描写があるのですが(出典不明)、先日、風邪を引いて、ブログ「悪夢の終わり方」に書いたよう体験をしたら、この話が俄然、身近に理解できるようになりました。

身体に不具合が生じると、心は身体からの信号を受け取って、共に臨戦態勢に入ります。心と身体は同じものではないのに、名・色分別智がないばかりに、心は身体と一緒に、興奮してしまうのですね。

ここで、心は本来清浄である、ということと、名(=心、精神作用)と色(=身体)は別々のものだということを思いだして(これが、名・色分別智)、心が臨戦態勢に入らないならば、身苦心不苦が実践できます。

虎に噛まれているのは身体であって、心ではない。

心が、己の本来あるべき場に踏みとどまって清浄であったなら、あなたは阿羅漢になれる、という訳です。

少し希望が出てきませんか?

虎に噛まれようなんて、ちょっと無理?