ある種の、多く人々にとっては、悪業、地獄などの(+概念でもって)恫喝し、彼らに善業をなすよう促す必要がある。
これはまさに、(+馬に)鞭を見せるようなものである。
これが仏陀がなぜ以下のように言ったのか、という
理由である:
「慙・愧と恐怖は、世間の護法である。」
これらの人々には、懲罰という名の恐怖をもって、彼らを指揮しなければならない。
仏陀はかつて、こう言った事が有る:
智慧のある弟子は、身・口・意において、間違いを犯すことを恐れる。というのも、彼は、これが最終的には、己自身の不利益になることを知っているからである。
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(1-6につづく)
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<ケーマ尼著「「目の中の塵」中国語→日本語
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>