この種の修行方法は、あなたにとって、困難なことかも知れない。というのも、あなたは、四界分別観を修行したことがないから。
しかし、もしあなたが、それを修行したことがあるのならば、問題はない。
注釈では、あなたは、もう一つ別の修行方法を、実践することができる、と述べている。
それは、あなたは、あなたの信根が、強力になりすぎるような方式で、出入息に専注する事、または安止定似相に専注する事を、辞める事である。
安般念の修行をする時、または禅相に専注する時、あなたは、注意してこのことを避ける様にするべきである。
次に、あなたは、信根の生じる原因を、観察するべきである。その後に、あなたは、因と果の両者を、無常・苦・無我として観察しなければならない。
もし、あなたがこのように修行するならば、あなたの信根は弱まるであろう、というのも、あなたの慧根が、強化されるからである。
観禅の修行をする時、この種の修行方法は、あなたにとって、非常に容易なものとなる。
もし、精進根が強すぎる時、その他の信、念、定、慧の諸根は、おのおの、決定、確立、不散乱と安般念似相を見通す(=透視する)という作用を、実行することができない。
強すぎる精進は、心をして、平静に、似相において、専注することができなくさせる。
このことは、また、七覚支の内の、軽安、定と捨覚支の強度が足りない事を、意味している。
この状況の下では、軽安、定と捨覚支を育成することを通して、精進を緩和しなければならない。というのも、精進は、定によってバランスされるのであるから。
故に、あなたは、禅相を専注する定を育成することに重点を置くことによって、心をして、平静になるようにしなければならない。
このことは、ソーナ長老の例で説明ができる。
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(5-46につづく)
Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。
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<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>