このことは、ちょうど、農夫が、植えた作物が豊作だった時に、それらをすべて収穫する方法を知っていなければならない、という事と同じである。このようにして初めて、作物が齎す利益を十分に享受することができるのであるから。
同様に、あなたが止禅の修行をする時、あなたの心は非常に明るい光を発散しており、その光は、あなたの周辺に存在し続ける。
あなたは、これらの光を、どのように収穫するのか、どこに貯蔵するのかを知らないのであれば、あなたはそれを、十分に利用することができない。
通常は、これらの光のエネルギーは心輪(=胸のチャクラ)に回収するのがよい。このようにすれば、あなたの心は、更に力のあるものに変化するであろう。
こういう事から、修行者が、止禅の光明を利用して、観禅の修行をする時、最も重要な段階は止禅における「結行」の実践である(+という事が分かる)。
止禅を修習した後、結行の作業をしっかりと行い、その後に観禅に転換する。そのようにすれば、止禅の定力は、十分にその力を発揮するだけでなく、心は快活になり悟り易く、智慧の力も、十分に発揮することができるようになるのである。
以下の表は、完全に出定した者と、完全には出定していない者の状況の対比である。
出定を完成していない者は、結行を修習していないか、または結行を修習したものの、しかし、完全には、定から出ていない状態であり、この状態は、邪定に非常によく似ているのである。
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(2-25につづく)
Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。
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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>