<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
(一)住所(住まい)
1、これは、すべての人々にとって、障礙だという訳ではない。
建築などの作業に熱心に従事する人々にとって、または己の住む所に、非常に多くの品物を備蓄するのが好きな人にとって、初めて、障礙になる。
2、ある種の人々は、種々の原因で、己の住まいに対して、色々な願望を持っている上、住まいに対して色々、執着する。このような人にとって、住まいは障礙である。
(二)家庭
1、「施主の家庭が幸福であれば、私も幸福である。」
もしも、このような考えから、施主と親しく付き合って、一緒に住むのであれば、このような人にとっては、家庭は障礙となる。
2、ある種の人々は、たとえば父母と共に住んでも、(双方共修行が好きか、または、本人が、外境において、超然としている為)たとえ父母であっても、障礙にはならない。
(三)利益
1、利益とは四種類の資具の事である。
2、早朝から夜まで、彼(修行者)は、各方面の人士を、不断に接待する。
3、明け方、人が訊ねて来ても、彼は接待する。
4、彼(修行者)は大衆から離れて、己のことを知らない場所で、一人で修行しなければならない。このようにして初めて、障礙を取り除くことができる。
(5-3につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳
出翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>