Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)2-7

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

更に奥深いレベルから見れば、メーチ・ケーウの修行は、無常生死を超越して、解脱の本質にまで到達している。

その覚悟・覚醒の心は、二つの、はっきりとした異なる面を持ち合わせている:

それは、心の能知(=知る事のできる能力)の本質と、その中において、生滅変化する心境である。

この区別を理解できないならば、我々は、変化する心境を真実だと見做して、これが心自身だと思いなしてしまう。

実際は、心境は瞬時に万変し、一刹那も安定することがない;

ただ、心の能知の本質のみが真実、恒常不変なのである。我々は通常、すべての事柄を雑駁に混ぜ込んで、それを心だと称している。

実際は、能知と心境が、同時に存在しているのである。

以上の洞察を得たならば、能知の心を覚悟・覚醒することができ、それは、所知(=知られる所のもの)の苦楽とは異なる(+別々の)事実だということが分かる。

心の本性は、一切の境界及び状況を知っているものの、しかし、それらに全く、一筋ほども、執着しない事である。

故に、心性は、苦楽の無常の境界を超越する(+ことができる。)

もし、我々がこの点について、見る能力(=直接知覚する能力)を持っているならば、世俗の真実を捨て、それらを放下(=手放す)ことができる。

このことを理解し、受けがうことができるならば、自然に執着から離れ、解脱することができる。

(2-8につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」Dhammavamsa Publication

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>