南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4-10)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

9、南伝仏教の比丘の戒律によると、歯ブラシと水(注1)以外の、すべての、口に入るものは、必ず授与される必要がある。

食事の準備が終わった後、施主は、施主自ら、すべての食べ物を、出家者に授与しなければならない。

授与とは、出家者が手を伸ばせば届く距離の範囲内に施主がいて、施主が出家者の横に膝まずくか、立ったりし、身体、例えば手などで、身体と物、例えば皿、盤、スプーンなどと接触する事を通して、または三種類の方式の内の一つで以て与え、出家者は身体によってか、または身体に接触する形で、物を受け取る事を言う。

タイの伝統では、出家者は、ハンカチか小さな布きれでもって、それを身体との連結物とする事がある。この場合、施主は、食べ物を布の上に置けばよい。

例えば、出家者が椅子に座って食事をするとして、そして、テーブルの上の食べ物が多く、また重い時、施主は一皿また一皿と、食事を授与して供養する;

もし、テーブルが小さく、食べ物も重くない時、一人か、または二人、または多人数で、小さなテーブル全体を持ち上げて、出家者に授与することもできる。

条件としては、テーブルと、その上の食べ物の総重量が、一人の、標準的な男子が持ち上げられる程の重量である事と、食べ物を授与する時、すべての授与者、一人であろうと、大勢であろうとが、出家者が手を伸ばせば届く場所にいなければならない。

そうでなければ、如法ではなくなる。

(注1)古代の印度では、水は無料であったため、仏陀は、井戸水、庭先に置かれた水、道路わきに置かれた甕の中の水など、他人の所有する水であっても、比丘は断りなく飲んでもよいと決めていた。

しかし、現代では、水は水道水であって、施主にとっては有料の物であるため、出家者は慎重を期して、水も授与されてから飲むようになった。

(4-11につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>