Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

「身念処」2-7

翻訳再開しました。

   <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

「如理作意」の具足されている時、我々は、痛みの感受が、身体の姿勢を、また別の姿勢に変更させるのだという事が分かる。

姿勢を変更する時、痛みは、新しい姿勢に追いてくる。「如理作意」がある時、新しい姿勢は、ただ、古い姿勢が、暫定的に苦痛を解除されたのに過ぎない事が分かる。

この点に関して、注意を払う必要がある。というのも、多くの初心者は、古い前の姿勢を好まず、新しい姿勢に快感を思えるものであるから。

「如理作意」がある時、姿勢を変更する事は、ただ、古い姿勢によって生じた苦を止めようとするのである事が分かる。故に、我々は古い姿勢を嫌悪せず、新しい姿勢に執着しない事できる。

この修行法の中においては、「如理作意」を強調するが、それは「如理作意」は、我々に苦(苦苦と行苦)とは何かを、理解させてくれるが故に(1-4-4-1節、苦の種類参照の事)。

もし、(+意識を)今・ここを保持できない時、以下のように自問する事は役に立つ:

「歩いているのは誰か?」「歩く色身」

「なぜ歩くのか?」「ひとつ前の姿勢の痛みを止める為」

または

「何が座っているのか?」「座っている色身」など等。

(この種の黙然は、如理作意であり、心を支援して、覚照の力を育成することができる。)

(2-8につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<アチャン・ネン著「身念処」vipassana 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay >