南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』4-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)

次に、生命における最初の意門心路過程が生起するが、それは己自身の新しい生命を所縁として、新しい生命に執着する。

梵天、天界、人界、鬼道、動物界または地獄等、どこに生まれたとしても、我々は生命の内における、最初の意門心路過程は、この新しい生が、痛苦なものであろうが、楽しいものであろうが、新しい一生に執着を始める。

これが、なぜ、貪愛的な生存(有愛)が輪廻の根本であるかと言う理由である。

貪愛には三種類ある:欲愛、有愛と無有愛である。

有愛とは、生命に執着し、その生命が低いもの、微弱なもの、卑賤なもの、高尚なものに関わらず、それが消滅しないように(+と願う)。

有愛を取り除くのは、非常に困難である。

一つ目の意門心路過程の後は、続いて有分で、次に二番目の意門心路過程、次に有分で、続いて、三番目の意門心路過程・・・心路は、このようにして、この期の生命が終わりを宣告する所の死亡心まで延々と続く。

死亡心が生起して、その後に滅する間、中間に間断というのがなく、密着して次の心・・・結生識が生起して、また新しい一つの世が始まる。

こうしたことから、生死輪廻は、ただ心の生・滅の流れに過ぎない(+事が分かる)。

この種の心の生・滅は、その合間に間断がなく、故に無間縁と言う。

(5-1につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>