<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)
故に、「37道品」の中の「戒清浄道」は、「遠離依止」「離貪依止」の戒律を、意味する。
その根拠とは:
「正語を修習し、遠離依止し、離貪依止し、最後に涅槃に入る。
正語を修習し、遠離依止し、離貪依止し、最後に涅槃に入る。
正語を修習し、遠離依止し、離貪依止し、最後に涅槃に入る。」(《分別論註釈》第一品・Suttanta-bhājanīya-vaṇṇanā 参照の事)
ここでは、「有の成就」(bhava-samāpatti)へ向かう(+のを防ぐ?)事や、または、輪転依止の戒律の事を言うのではない。
あれら、今生における聖道と聖果を証入しようとする事を意識的に放棄する(+人々の)「戒清浄道」は、厳格な初梵行戒ではないため、「37道品」には属さない。
しかし、もし、努力して来世において涅槃を証するならば、上記のものは、「ハラミツ戒」となる可能性があり、その時は「遠離依止戒」の一部分を構成するであろう。
「正語」、「正業」、「正命」の三道は、純粋に戒律のレベルであり、故に、厳密に「戒清浄道」を構成する。
それらは、三種類の「離心所」(virati cetasikas)と呼ばれる。
(8-3につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>