<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
2)一つひとつの名色法が、どの様にして、生起するやいなや、即刻滅し去るのかという事を了知し、照見する事を刹那生滅(khaṇato udayabbayadassanā)を知見すると言う。
それはすなわち、名色法の無常の相(aniccalakkhaṇa)を照見する事である。
唯一、それらの無常の相を見る事ができる様になった時にだけ、真正なる観(vipassanā)の修習をしており、かつ、名色法の無常、苦と無我の相を観照する可能性があるのだ、と言える。
これによって、仏陀の教え・指導した所の、観の修習とは、すなわち ”五取蘊の生滅(pañcau upādānakkhandhesu udayabbayānupasī)を随観するものである” (+と言えるのである)。
禅の修行者は、これより以前に定力を育成して初めて、この種の方法を用いて、五蘊の生と滅を知見することができるのである。(注20)
(3-35につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>