<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
(アーナンダ尊者が、このたとえ話の中で、守衛は、どの様な大きな生き物も、この町に入るかまたは離れる場合に、必ずあの門を通らなければならない事を知っている、と言う時、我々は、では飛ぶ鳥はどうなのか、昆虫はどうなのかと、研究する必要はない。
それらはまた、別の道からその町に、入るであろうから。
しかし、アーナンダ尊者のたとえ話は、智慧ある人(viññū purisā)に対して、提供されたのであり、故に、その原意を超えて、たとえ話を広げてはならない。
アーナンダ尊者は、ある種の人々は、五蓋を捨離しなくとも、四念処の修習を通して七覚支を育成しなくとも、涅槃を証悟できるなとど、暗示してはいない。)
《ウッティヤ經》の中において、仏陀は、弟子に仏法を教える目的は、彼らに七つの利益を獲得させる為であると説明するが、それらはすべて、涅槃の証悟、世間からの出離、四聖諦を如実に証悟する事を意味している。
(3-54につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著(原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>