Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-57)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

仏陀が述べる所の、証知しなければならない一切、遍知しなければならない一切、捨断しなければならない一切とは、何を指しているのか?

彼は解説する:

●六内処(ajjhattikāyatana):眼、耳、鼻、舌、身と意処。

●六外処(bāhirāyatana):色、音、香、味、触と法処。

●内外処が和合して生じる六識(viññāṇā):眼識、耳識、鼻識、舌識、身識と意識。

●六識と同時に生起する所の六触(phassa):眼触、耳触、鼻触、舌触、身触と意触。

●六触と同時に生起する受(vedanā):眼触、耳触、鼻触、舌触、身触と意触によって生起した楽受、苦受、不苦不楽受。(注29)

言い換えれば、仏陀は非常に明確に、禅修行者がただ、色処のみ、ただ無色処のみ、ただ六識のみ、ただ五蘊の内の一つのみ、または四念処の、その中の一つだけを対象として、観智を育成するのであれば、この修行者は、涅槃という名の門を通ることはできないのだ、と指摘しているのである。

非常に分かり易く、彼は、観の修習には、己自身自ら証する事と、五蘊のすべて、12処のすべて、四種類の念処すべてを、完全に了知しなければならないのだ、と言っているのである。

(3-58につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」) 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>