『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(6-11)
<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
前に述べた通り、定力が益々深まる時、遍作相は取相になり、かつ最終的には似相になり、その光り輝き、その明瞭さは、明けの明星の様である。
似相は、呼吸と共に同時に、鼻孔の出口、または上唇の一帯に出現する。
その時、あなたの注意力は、自動的に禅相に専注する様になり、(+専注の対象は)もはや呼吸ではなくなる。
《清浄道論》の複註は言う:
Assāsapassāse nissāya uppannanimittampettha assāsapassāsamaññameva vuttaṃ.
”この因(=禅相の出現する因)が、入出息に依止するが故に、出現した禅相は、入出息と呼ぶ。”
こうしたことから、あなたが息に専注する事(+によって生じた)定力が、深くて安定する時、入出息と禅相は、二が合して一となる。
この時、あなたの心は、同時に三法を了知する事ができる。
あなたの定力が、更に進んで上昇する時、最終的には、ジャーナを証得する事ができる。
入出息ジャーナの中において(安止定に入った時)、一つひとつのジャーナ心は、みな、この三法を了知する事ができる:
(1)ジャーナ心は、入出息に似相を了知する。
(2)同様のジャーナ心もまた、この時を了知する時、入出息似相の入息であると言われる。
(3)同様のジャーナ心もまた、この時を了知する時、入出息似相の出息であると言われる。
入出息ジャーナの内において(安止定に入っている時)、この三法は、その一つひとつがジャーナ心の所縁であり、それらは皆、一個の所縁と化す:
すなわち、入出息似相である。
これこそが、”三法を知る者は、修習において所得あり” の意味である。
次に、我々は、如何にして、止(=サマタ)の修習における成就を、獲得するのかについて、検討する。
(6-12につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>