<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
これらの解説において、「観智の光」とは、以下の様であると言う:
(一)観禅心によって造られた、心生色聚の色彩界の光明;
(二)心生色聚の火界によって造られる、時節生色聚の色彩界における光明。
止禅心によって引き起こされる所の光明と、上に述べた解説は、同じ意味を持つ。
そうであるならば、これは、本当に観智の光明であるのか?(+という疑問が湧く)。
いな、違うのである。
これは、経典の上において、隠喩を用いて説明しているに、過ぎないのである。
それは「因」(智、ñāṇa)によって引き起こされた「果」(色、rūpa)には光がある、とは言わないで、隠喩的に、「因」そのものに光がある、と言う。
実際には、それは心生色及び時節生色の色彩界なのである。
(2-10につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)著 『禅修指南』Meditation Guide 第二版
中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>