南伝仏教のDhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。尚、修行については必ず経験豊富な正師について下さるようお願いします。

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

我々の心は、三種類あるが、しかし、主なものは二種類である・・・すなわち、善心と不善心である。

(+人が)善心を取る場合、その<今・ここ>において、不善心は生まれない。

不善心のある時、善心は生まれない。

布施、持戒、禅修は、善心である。

貪心、慢心、瞋心、嫉妬、吝嗇、後悔、懐疑は、不善心である。

心内が清浄であれば、軽安で安楽の果報があるが、これは善心である。

心内が不清浄であり、心が汚れていれば、痛苦の果報を受け取るが、これは不善心である。

果報を受け取る心は、ただ二種類である。

すなわち、善心と不善心である。

一心は、同時に二個の所縁を取らないため、善心ある時、同時に不善心が存在することはない。

故に、禅修の作用は、心をして、善なる所縁の上に保持せしめる事である。

この様であれば、心は不善を取らず、悪道に落ちる事もなくなり、そうなれば、仏陀、パーチェカ・ブッダ、阿羅漢の様に、煩悩から解脱する事ができる。

故に、輪廻から解脱する為には、必ず禅の修習をしなければならないし、修習して初めて、悪道に堕ちないですむ。

また、あなたが仏教徒であろうとなかろうと、何の宗教を信仰している人間であろうと、煩悩から解脱したいのであれば、必ず禅の修行をしなければならないのである。

(3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。<翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>